2014年06月18日

トニー・グウィン逝去

ワールドカップなんかもうどうでも良いよもう。グウィンが死んじゃったよ。

元サンディエゴパドレス選手トニー・グウィンの訃報を受け、全米各地の球場ではな形で喪礼が払われた。デトロイトのコメリカパーク、彼のイニシャルと共に内野左側に記された「5.5」とは、彼のヒットが多く飛んだ三遊間を意味する。

日本でも訃報は多く取り上げられた。


首位打者8度のパドレス一筋・グウィン氏、唾液腺がんで死去(スポーツ報知
 米大リーグで8度の首位打者を獲得するなど「安打製造機」の名をほしいままにしたトニー・グウィン氏が16日、唾液腺がんのため死去した。54歳だった。
 グウィン氏はサンディエゴ州立大から81年のドラフトでパドレス入り。82年から01年まで20年間プレーした左投左打の外野手で、通算3141安打、135本塁打。戦後大リーグ最高の打率3割9分4厘をマークした94年から4年連続首位打者を獲得するなど通算打率も3割3分8厘を誇った。また、NBAのクリッパーズからもドラフト指名を受けたアスリートで、盗塁も319を記録している。ゴールドグラブ賞は5度受賞。04年に背番号「19」がパドレスの永久欠番となり、07年に資格取得初年度で野球殿堂入りを果たしていた。

現役引退後は母校サンディエゴ州立大の監督として大学生の指導にあたっていたが、10年に自ら唾液腺がんを告白。「現役時代から愛用していたかみたばこが原因かもしれない」と語っていた。



パドレスは今年2月、長年試合実況を務めたアナウンサーだったジェリー・コールマンも失ったが、彼は89歳まで生きた。ジェリーを失った悲しさそして故人の比較は無粋を承知だが、パドレスファンにとって54歳で生涯を閉じたグウィンを失ったことのショックは比べものにならない。

通算打率.338、ホーナス・ワグナーに並ぶナショナルリーグ首位打者8回という記録以外に彼の凄さを語れる数字のひとつは三振の少なさ。1シーズンに最も喫した三振数がたったの40。ちなみに同じく三振を奪う相手としては手強いイチローの規定打席到達シーズン中、喫した最三振数が53である。グウィンが3三振を喫した試合は生涯1試合だけ。その3三振を奪った元ドジャース投手ボブ・ウェルチは、奇しくも先週亡くなった。

グウィン、イチローに続いて好打者の名を連ねるなら、最後の4割打者テッド・ウィリアムズ。グウィンはテッドと打撃理論について対等に語れる数少ない人物だった。1999年ボストンでのオールスター始球式に付き添ったのはもちろんグウィン。二人は自分達以外の打者が、投手が投げ始めてから打撃に準備するまでのタイミングが遅すぎると語っていた。ともすれば仙人同士の語らいにも聞こえるが、共感しえる点があったのだろう。ちなみにテッドはサンディエゴ生まれで、高校生当時パシフィックコースト・リーグというマイナーリーグの球団だったサンディエゴ・パドレスでプレーしたことがある。

グウィンの輝かしい功績に対し、彼がキャリアを過ごした唯一のチームであるサンディエゴ・パドレスというチームは栄光に縁遠い。1984年以来2度目の出場となった1998年ワールドシリーズ、緒戦でデビッド・ウェルズからヤンキースタジアムの右翼3階席に弾き返した意地の一撃は今でもパドレスファンの語り草である。しかしこの試合を含め、このワールドシリーズで4連敗している。45年間のパドレス球団史で、スウィープを喰らったワールドシリーズのホームランがファンの心に刻まれている。裏を返すなら、パドレスファンの矜持を保つための名場面を見つけるには大舞台が少なすぎるのだ。

長年負け続けるだけならカブスやメッツでも出来るが、サンディエゴはシカゴやニューヨークに比べれば小さい商圏。活躍してもスポットライトが当たる機会には恵まれないし、負けてもレイトショーでジョークのネタにもされない。そんなチームのためだけに、MLB史上有数のバットマンは20年間プレーした。大型契約や選手生命を延ばせたかもしれないDH制のあるアメリカンリーグへの移籍には目もくれずに。

そしてグウィンがサンディエゴで過ごした時期は、現役時代だけではない。

サンディエゴ州立大学在学中には野球と共にバスケットボールもプレーしていた。正確には大学1年時にはバスケしかプレーしていない。ポイントガードとして活躍し、当校の1試合・1シーズン・キャリア最多アシスト記録を保持している。報知による前述のとおり、NBAドラフトでサンディエゴ・クリッパーズに10巡目で指名を受けたが、180cm程度の身長では当時同カンファレンスで対戦したチャールズ・バークレーのような大型選手がひしめくNBAでは通用しないだろうとの判断から、同日にMLBドラフトで3巡目指名したパドレスに入団した。晩年増加した体重と加え、この大学時代の二足のわらじがキャリア晩年彼を苦しめた膝痛の原因だったとされている。

彼の魅力は選手成績だけでは語れない。チームメイト、記者、リポーター、ファンにも紳士的に接し、非常に親しみやすい人物だった。彼の名前が冠せられた大学の野球場、トニー・グウィン・スタジアムでグウィンと会ったことがある。

2001年に現役生活を終えてすぐ、母校であるサンディエゴ州立大学のコーチになった年だった。現役時代の前も後も、彼はサンディエゴに居た。自分も同じ学校に通っていた。野球部への募金をもらう代わりにサインをして「この調子ならスコアボード代の払いも早く終わるな」と笑っていた。人懐っこい笑顔としゃがれた高いトーンの声が忘れられない。

先にも書いたが、サンディエゴは田舎ではないものの、そう大きくはない街だ。私が住んだことのある街のフランチャイズ・プレイヤーでは、同じくアメリカの西端シアトルで活躍したケン・グリフィーとかぶらなくはないが、ビル・ゲイツやカート・コバーンの様な他方面での著名人はサンディエゴにいない点で異なる。

しかしグウィンほど街に愛されただけでなく、ひとつの街を愛したヒーローもまた稀有だろう。グリフィーやエドガー・マルティネス、ジェイ・ビューナーは「ミスター・マリナー」であっても「ミスター・シアトル」とは呼ばれない。グウィンはパドレス、NFLなど他の地元スポーツという枠に収まらず、サンディエゴの歴史においてもっとも有名な人物だったのではなかろうか。パドレスは希代の大打者トニー・グウィンがプレーする事を選んだ唯一のチームであることがパドレスファンの、そして街の誇りだ。俺のチームには、俺の街にはグウィンが居た。サンディエゴはグウィンの街だった。

安らかな眠りを。そして先に旅立たれた家族に心の平穏が訪れんことを。

全ての思いは拙速な文章で記しきれる訳もないが、2001年最終試合後の現役引退セレモニーで彼がファンに伝えた言葉を、彼へのはなむけとして贈りたい。

Thank you, thank you, thank you.

さようなら、ミスター・パドレ。さようなら、ミスター・サンディエゴ。
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2013年11月02日

ラーメン店「むつみ屋」経営会社が破産

ラーメン店「むつみ屋」経営会社が破産
http://sankei.jp.msn.com/region/news/131101/kng13110121020006-n1.htm

久しぶりのブログはかつてと同様にBUI(blogging under influence)、酒気帯び更新でご容赦を。

東京駅地下のラーメンストリートに今年半ばまで出店していたが、残念ながらむつみ屋はフランチャイズチェーン系というイメージが強く唯一足を運ばなかった店だった。

大手チェーンが寡占するハンバーガーや牛丼と違い、単独のラーメン屋が多くのシェアを確保する事は難しい。バーガーや牛丼よりと比べ味の多様性が高いことに加え、カウンターで食する所謂「独り飯」にしては単価が高い点が理由として考えられるだろう。そして独りの客が多いため、店舗辺りの集客キャパシティはハンバーガー屋、ともすれば牛丼屋より少ない。麺料理と少ないメニューで粗利は他の外食より高いが、少しでも人気が出れば店舗辺りの売り上げがすぐ頭打ちになる。

とはいえ業態の特性上、コーヒーやアルコールなど飲料を求める客を集めてランチとディナータイム、また夕食後の収入を得る営業が難しい。牛丼屋と同じく調理者と料理を客に運ぶ者が同一である事がとかく都市部では前提なため、独り客の高回転率を考えるとフロア面積を大きく取ることによる賃料および人件費の出費がかさむ。

裏を返すと小さい店舗と少ないメニューで店舗経営が可能なため、独立までの修行期間が他の外食産業より短くて済む。そのスピードがラーメンの流行を加速させる。ラーメンの流行の速さはバーガーや牛丼の比ではない。70年代のどさん子ラーメン、つけ麺大王、珍珍珍しかり、90年代に話題になったなんでんかんでん、じゃんがららーめん、一風堂、光麺、そのいずれも現代の業界を代表する立場に君臨してはいない。君臨できるはずも無い。いかに美味しかろうが、どこでも食べられるラーメンを望む顧客はそう多くない。ここに東京ラーメンストリートへのむつみ屋出店のジレンマを感じ取ることが出来るだろう。全国100店舗以上あるむつみ屋を、他の行列店を差し置いて選ぶ理由はあるだろうか?自分はその理由をおぼえることが出来なかったため、一度も訪れることは無いまま閉店した。言葉は悪いが他の行列店のおこぼれを与ることで自店の認知度を高めるという出店策とも取れるが、ここでもラーメンの希少性や話題性とのジレンマにぶち当たる。人気の無い、しかも他店舗で食することが容易いラーメンを、わざわざ東京ラーメンストリートで食べる必要があるだろうか?だとしたらラーメン以外の食べたい物を提供する店に行けばよいのでは、ここは東京だゼ?と。

またどこでも毎日食べられるラーメンを提供するには、現代のラーメンは競争の過熱化ゆえに風味がより濃くより個性的に尖り過ぎている。個人的には好みだが豚骨ラーメンにその日常性の提供は成し得ないと考えている。また日高屋や幸楽苑など低価格を含めたどのラーメン屋も、マクドナルドやすき家にはなれない。そして中村屋Essenseや表参道ヒルズに店を構えたちゃぶ屋系列の「MIST」が閉店した例を見ると、高価格帯への移行も難しい。

となるとラーメンの事業拡大は不可能なのかという結論が導かれるが、個性を保ちつつ店舗数を増やした実例として気に留まるのがスターバックス。このチェーンはラーメン屋とは対照的に、ランチとディナータイムの集客に悩み迷走した。いかにこの食間を埋めるかに腐心する必要があると思う。スタバと違う点は、ラーメン屋は客単価が高い割に雰囲気を売り物に出来ていない。昼と夜の間に休業するラーメン屋は多いが、ここで節約できる費用は人件費と光熱費だけで地代は同じだ。

ラーメン屋の限界は独り客の多さを見込んだカウンタ席にあると考える。これらをセルフサービスのテーブル席に変える事が出来たら、他商品やサービス提供の可能性が広まるだろう。雰囲気と匂い的にコーヒーは難しいが、内装の洗練さ次第では中国茶の提供で集客は可能ではないだろうか。一店舗でそれを行っても利益の確保は難しいが、他店舗経営となると食事時間帯以外の集客力が新たな糧となるのではなかろうか。とはいえ全体的に過剰供給という印象は否めない。

むつみ屋の創業者である竹麓輔をネットで調べると夕張で炭鉱夫として働いていた父親の下に生まれ、今までも幾度か自殺を試みるまで追い込まれる程の苦難に苛まれた半生を歩んでいる事が分かる。奇しくも命を絶つ試みは全て失敗に終わり、それを「生きろ」というメッセージと受け取ったという。当然今回の苦難にも挫けず生きるだろうし、もしフランチャイズが残るなら一度足を運んでみたいと思う。かつて普通に求められていたラーメンの味を再確認したいから。
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2012年08月26日

つかみタイムズ10周年+

確か2002年8月22日につかみタイムズを立ち上げた気がしたので、何か書いたほうが良いかなと思ったのですが、実は8月18日立ち上げだったので静かに10周年を達成したつかみタイムズの文章を書く人つかみ男ですこんにちは。まぁ10年のうち後半3分の2は開店休業状態だったので、10年の軌跡をどうこういうというよりは、10年前にサイトを立ち上げてから10年が経ちましたという方が適切ですね。

10年前の自分はサンディエゴでMBAに通っていたけれど中退し2004年に帰国。自転車で都内を徘徊し、小泉政権下で日本中が好景気と勘違いしていたのを見計らって奇跡的に30歳で就職を果たしました。その後暇にモノを言わせて色彩検定3級や大型バイク免許を取得し、留学の中途半端さへのせめてもの落とし前として会計職が嫌いなのにUSCPA(米国公認会計士)試験をパスし、結婚し、転職(また会計職)し、息子を授かった10年でした。

あとここに書いていない事で今思い出せる大きなイベントというと、1998年に初めて留学したシアトルに10年ぶりに訪れ、USCPA試験の前日(当然この時の試験は不合格)にも拘らずマリナーズ対ロイヤルズ戦を見ました。良い球場だと思ったけれど、デーゲームだしマリナーズ弱いしでガラガラでした。あとタコマの素っ気無い球場でマリナーズ3Aレイニアーズの試合も観たな。他には光熱費込み$220で半地下に住んでいた築90年位のシェアハウスがまだ残っていて驚いたり、Redhookのビール工場で美味しい出来立てのブロンドエールを飲んだり。留学していた時はティーバック持参して大学のカフェテリアで5セント払って紅茶を飲んだりしていた程に金が無かったから、初めての住んだ海外の街を殆ど観光できなかったんだなと思いました。

10年前にはまだパドレスがクオルカムスタジアムでプレーしていて、ネビンがダイビングキャッチをして骨折し(翌年はダイブキャッチで肩を脱臼)、ブライアン・ローレンスがエースで、ボビー・ジョーンズが二人居たり、デイビー・クルーズが早いカウントから打ちにいき凡退したりしていました。現在ネビンはタイガースAAAの監督です。

今年のパドレスもあまり把握していないのですが、気が付いたらキップ・ウェルズやジェフ・スーパンが先発していたので、ははぁんさてはこの後8年間投げていないジェフ・ダミーコも獲得して2003年の栄光輝くピッツバーグ・パイレーツ先発投手陣の再結成(チーム防御率4.64)を訳も無く目指しているんだろとか思っていました。そうしたら2003年にこそ居なかったにしろ、昨年まで4季パイレーツに在籍しうだつの上がらない成績を残したロス・オーレンドーフまでが6月に加入し、投手天国ペトコパークをホームになんとまぁ景気の良い7.77という確変防御率を叩き出したので、これはきっと昔のパイレーツみたいに負け込ませて長期契約を結ばなければ将来の費用も下がってお買い求め易くなりますよ次期オーナー候補の皆様フロム皆さんお久しぶりジョン・モーアスです夫婦は仲睦まじく暮らさないと尻の毛までむしられるぞ的な教義めいた話を僕らに伝えたかったんでしょと思ったら、投手陣の故障が相次いでいたんですね。もし故障がなければなんて声も聞きますが、仮に健康であったとしてもそんなに優れた投手陣ではなかったので、下手にプロスペクトを早く上げすぎて戦力がピークに達するタイミングをバラけさせるよりは良いのかなとか思います。


最近の野球については、ファンタジーベースボールで個人成績は追っているけれど、試合は全く観てません。MLBファンブロガーとしてかなりアレな発言ですが、正直3時間近く試合を見る集中力と熱意が保てなくなっている気がします。歳のせいなのか生活環境の変化かはたまた娯楽全体の変化なのか、野球に限らず、他のスポーツ中継も映画も意識が細切れになります。断片化は意識だけでなく思考にも及んでいるみたいで、たまにtweetはしてもブログの様な文章を書くための腰が上がらなくなります。


また、10年前よりブログの役割が限定されてきた感を覚えます。私人が書く今日は誰とアレ食べたウチの赤ちゃん超可愛すぎるから車検通らないんじゃないのモウといった『ウェブ日記』的な文章はFacebookやmixiといったSNSに収斂されました。それに伴い筆者のバックグラウンドに興味を持つ読者を持つブログは別にして、ジャンルに特化したニュースや情報提供ブログ以外は自分自身がそんなに読んでいないです。そしてこの文章を読んで頂ければお分かりの通り、日本帰国後のつかみタイムズは差別化がされていないので、パドレスの動向を追えてないここ数年は、正直何を書いたらよいのやらという感じです。とはいえ何かの拍子で書きたい事が浮かぶかもしれないので、ブログは閉鎖せず継続します。


最近読んでいる本は『オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く』(原題:"Scorecasting" トビアス・J・モスコウィッツ,L・ジョン・ワーサイム著)です。スポーツと行動経済学という2大トピックで既に、カツカレーみたいな好物オンザ好物という感じです。『マネーボール』の様に、スポーツにおける非合理性を題材にしている本なのですが、『マネーボール』がストーリーテリングを主としているのに比べ、この書は非合理性を紹介し分析する事に重点を置いています。まだ読んでいる途中ですが、久しぶりに面白いスポーツ本に出合えた気がします。野球だけでなく、アメフト、バスケに詳しいとなお面白いかも。


文末にはなりますが、つかみタイムズに今までお付き合いいただいている読者の皆様には、本当に感謝の気持ちで一杯です。出来れば実際にお会いできれば嬉しいので、興味がある方はメールかコメントでご一報頂ければ幸いです。ありがとうございます。そして僅か1年半前に7年契約を結んだエイドリアン・ゴンザレスをよりによってドジャースに放出したレッドソックスは何してくれやがるんだこの野郎です。
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2012年04月04日

2012年シーズン開幕

半年間ブログを更新せず久々にログインしたら、ユーザー登録を要求されたのが面倒で、そこで断念しそうになったつかみ男ですこんばんは。

今年もMLB開幕の日を迎えるわけですが、ちゃんとしたロースター解説はまさ2さんにお任せするとして、今年はパドレス弱えなというより、NL West弱えなという印象を持ちました。アリゾナ以外はどこもバランスを欠いているなと。

ジェド:ホイヤー前GMの頑張りもあって、Keith Lawにプロスペクト選手層ランキングで30球団中1位というお墨付きをいただいたけれど、どちらかというとスーパースター候補を抱えているというより、将来のレギュラークラス候補の頭数が多いという浅く広いマイナー層を形成しています。ブレイクしそうな選手もレッズから来たアロンソ以外は特にいないですかね。強いて言えばルーキとメイビンがもう一皮剥けるかな位でしょうか。マイナー有望株のメジャー昇格にもう少し時間が掛かりそうなのに、今年クウェンティンとストリートを獲る必要が有ったのだろうかという気がします。とはいえ本職三塁のダーネルを無理やり外野で使うのもサービスタイムを消化するのが勿体無い感じもするので、カイル・ブランクスに再びチャンスが巡ってきたのですが、肩の痛みでDL入り濃厚だとか。

そんな中で地区優勝争い(地区全体が弱いのでワイルドカードの可能性は低い)に絡むには、ボルケスの復活に期待でしょうか。あとは長年話には上るけれどいつもどおりなヘッドリーの長打力開花でしょうか。とはいえ近年は中距離に徹しているっぽいのでそこも厳しそうですが。

とはいえ開幕です。まだ借金ゼロです。Go Padres!
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2011年10月23日

ジェド・ホイヤーGM、カブスへ移籍確実

パドレスのジェド・ホイヤーGMが、シカゴ・カブスのGMに就任することが確実となった。併せてアシスタントGMのジェイソン・マクロードもカブスに移籍する見込みで、既にパドレスはカブスに二人との交渉を許可。既にカブスは、今年までレッドソックスのGM職にあったセオ・エプスタインを球団運営責任者として招聘。そのエプスタインがボストン時代にアシスタントGMだったホイヤーを呼び寄せた形になる。パドレスは放出するGMの代償は得ない模様。

ホイヤーの後任は、パドレスの球団運営副責任者であるジョシュ・バーンズが確実視されている。バーンズは、現パドレス筆頭オーナー、ジェフ・ムーラドがダイヤモンドバックスのCEOだった際にもGMを務め、2007年にチームを地区優勝に導いた。その功績を評価したムーラドから8年契約を与えられたが、そのムーラドがパドレスに去った後の2010年の夏、成績不振の責を問われ、A・J・ヒンチ監督と共に解雇されていた。ちなみにホイヤー同様バーンズもまた、エプスタインの下でボストンのフロント陣として働いた経験がある。ビリー・ビーンやマーク・シャパイロといった「同業者」からの評価は高い。



あー、ムーラドはパドレス買収時から子飼いのバーンズをGMにしたかったんだろうな。2012年までパドレスとの契約を結んでいたホイヤーは、ムーラドから契約延長を断られたらしいですし。

ホイヤーが在籍した2010年からの2シーズンだけでGMの評価を下すのは難しいですが、大きなリスクを取った博打も打たないけどチームを崩壊させかねるような無茶な編成もしない堅実な仕事ぶりというのが印象でした。2010年にガーランド、コリアといった、スーパースターではないけれど堅実な数字を残すベテランを獲得して前年度崩壊した先発投手陣を立て直し、シーズン最後まで優勝争いを演じた点は見事。ケビン・タワーズから引き継いだブルペンも好調を維持。しかし攻撃の要だったエイドリアン・ゴンザレスの抜けた穴を埋める事は全くといって良いほど出来なかった。ゴンザレスをトレードでボストンに放出した代償に獲得したプロスペクト達が未来のパドレスの中核を成す見込みはまだ立っていない。2010年途中に獲得したラドウィックやテハダ、またバートレット、O・ハドソン、ホウプ、カントゥといった、不振後の復活を期すために2011年に短期契約を結んだベテラン打者達は、ことごとく当てが外れた。野手補強で高リターンを得た事例は、キャメロン・メイビンの獲得だろう。

また2010年にドラフト1巡目に指名したカーステン・ウィットソンとの契約に失敗し、ドラフトに弱いパドレスの悪しき伝統を引き継ぐ汚点を残した。

前にも書きましたが、予算が潤沢な球団なら間違いなく名GMになるだろうなと思っていたので、カブスなら十分に能力を発揮できるのではないかと思います。パドレスより予算も人気もあるチームのGMになるチャンスが目の前に訪れたら、飛びつかない話はないなと思うので、ホイヤーを責める気も起きません。

バーンズにはホイヤーよりもドラスティックなチーム編成、ともすれば掻き回したがる印象を持つ。アリゾナGM時には6プロスペクトを放出してダン・ヘイレン(+1選手)を獲得している。またイアン・ケネディとエドウィン・ジャクソンをタイガース、ヤンキースとの大型三角トレードで獲得するなど、先発投手陣の編成で結果を残している。

野手の編成は評価が分かれる。打者有利なチェイス・フィールドを本拠地としているにも拘らず、NL内の得点は良くて中段。マーク・レイノルズやクリス・ヤングといった長打力はあるが三振の多い選手を起用する事が多いこともあり、出塁率が低かった。アダム・ダン獲得のため3選手を放出したと思えば、シーズン後に受諾を恐れてダンに調停オファーを提示せず出て行かれたため、補償ドラフト権を得られなかった。またこれはバーンズというよりムーラドの横槍なのだが、エリック・バーンズと3年$30Mの契約を結んだ。その直後にE・バーンズは不調に陥り、期待通りの活躍を見せるどころか、レギュラーの座にすら戻ることは無かった。

ドラフトではマックス・シャーザー、ブレット・アンダーソン等を獲得しているが、ここでも打者でメジャーの中核を担う選手をまだ輩出できていない。しかし昨季はゴールドシュミットがメジャー昇格し、台頭を予感させた。いずれにせよパドレスよりはマシ。

戦力補強の面白さを求めるなら、ホイヤーよりバーンズだろう。しかしパドレスが抱える問題はリーグ最下位に甘んじる得点力で、それはバーンズがアリゾナ在籍中に解決できなかったポイントだった。打球が飛ばないペトコパークで長打力低打率の選手を取っても、攻撃力アップは全くと言って良いほど望めない。マイナーにスターの有望株も居ないため、どのような打開策を用いるかが注目される。
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2011年07月03日

震災ボランティア (3)

四日目最終日。今回のボランティアで最後の作業場へ向かう途中、甚大な被害を被った野蒜(のびる)地区を通る。ここでは地震後避難していた小学校の体育館に津波が押し寄せてしまい、多くの避難者が犠牲になった。頻繁に津波の脅威に晒されている三陸とは異なり、この地域の人々は大規模な津波を経験している人は少ないらしい。そのため海からは数キロ離れているものの、海面との高低差が少ない小学校へ避難してしまったのだろうか。

この日も一輪車で一軒家の泥出し。この家のご主人は、着の身着のままで避難した人が多かったため、避難所ではサイズが合わず袖がつんつるてんの子供服でも、少しでも暖を取るために着込んでいたという。腰に疲労が溜まり張っている。ボランティアで気をつけなければいけないことのひとつが、無理をして飛ばしすぎないことだそうだ。元々自分にナマ易しく生きてきた自分からすると、全く持って心配無用な注意事項な気がしたが、流れ作業なので自分だけのペースを貫くことは難しい。仕事ならともかく、無給のボランティアですら周囲との連携を気にする哀しき日本人らしさを自覚。

午前中で最終日の作業はおしまい。この日訪れたお宅は床下にもヘドロが流れ込んでいた。この家に限らず、元々は田畑だったであろう周囲の新興住宅地には新築の家屋が形を残しているが、これらにも泥が流れ込んだ跡が見られ、2階のみで生活している人達がいる。

地震や津波は突発的に起こるから、必ずどこかで不運なタイミングが存在する事は承知しているが、多くの人が一生に一度しか引かない住宅購入というカードを、この地この時にめくってしまうという巡り合わせには言葉が出てこない。個人的には、一生のうち一度しか居住用不動産を買えない経済力しかない世帯は、賃貸で暮らしていく方がリスク管理として正しいのではないかと思っているのだが、地方だと都会より家族向け賃貸物件とかなさそうだしなとか考えると選択肢が限られるのだろう。住居と同じく農地もまた、簡単に手放して他所で借りられるものでもなさそうだ。

不動産売買による経済循環は軽視できないが、日本ではあまりに多くの人が、土地建物を自己所有しすぎた、もしくは所有せざるを得ない状況に追い込まれすぎたのではと考えてしまう。それは分譲と賃貸のどちらが得かという単なる金額比較ではなく、また災害だけでなく景気や産業の衰退という、個人ではコントロールできないリスク全体と比較して。ベクトルの向きこそ異なるが、原発の損害が東電いち企業で手に負えないのと似ている気がした。

帰りのバスが東京に近づくごとに、窓向こうの建物が階層と洗練さを増してくるが、これらの立派な建物も、宮城レベルの地震が来たらどうなるのかと考えると、自分の所有物でなくてホッとする。
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2011年06月09日

震災ボランティア (2)

二日目に訪れたお宅で、翌日も作業したいという希望をグループとして出したが、ボランティアのコーディネーターの方に退けられた。一箇所に留まるより、一軒でも多くのお宅に伺ってボランティアの作業を行う事が大事だという点が主な理由。もっともな理由だと思った。確かに、一軒での作業を終える事が出来ればその家の人達の喜びもひとしおで、かつ作業を行う立場からすると達成感も満たされるだろうが、一方で「自分の家には中々助けが来てくれない」という不満や不安を抱える家庭もあるはずだ。いかんせん被害が甚大で広大な地域に及んでいる。

三日目は4グループ全員20数名で農家に伺い作業。朝方は裏庭に流れ着いた石やガレキ撤去を頼まれたが、落ちている屋根瓦は捨てないようにとの事。一辺が30センチ四方もある大きな瓦がそこかしこに転がっている。昨日の家もそうだが、ずいぶん立派な造りをしている家屋だ。

ここの家に住む奥さんの従姉妹が震災後行方不明になり、山の方まで捜索したが見つからなかった。しかし震災から二ヵ月後、津波で流されてきた泥に埋まるような形で彼女の遺体が見つかった場所がこの裏庭だった。発見場所となった胡桃の木の根元に向かい合掌。

ガレキ撤去は程なくして終了したため、表の庭の泥出し作業を手伝う。一輪車での土のう運びがこの日の仕事だったが、なにしろ立派な家なので、泥を出す庭から表通りまで数10メートルある。天気が良かったこともあり、午後は頭がクラクラしてきた。緊急情報を逃さないため、常にNHKのラジオを流しながら作業をしていたら、野党による菅内閣の原発事故対応に対する責任追及と答弁が聞こえてきた。被災地では、東京に居る時より遥かに他人事に聞こえた。

昼食には弁当が支給された。肉体労働をすると、昼食の大事さが沁みる。夕食より意識が強くなる。加えてお母さんが作って灰汁抜きした山菜をご馳走になる。他の地へ移り住むことなど全く想定してなさそうだ。

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土のう数100袋を描き出しこの日の作業を終える。しかしまだ完全には片付いていない。庭やガスコンロがきれいになったことを喜んでいたお母さんに深々とお辞儀をされながら帰る。そういえばトイレ休憩で表の道を歩いていたら、チャラそうな格好をしている男子中学生たちに遭遇した際にも「こんにちは」と挨拶された。東京での仕事の働きが悪かったこともあってか感謝されることに慣れていないため、面映い気持ちになる。ここでも一人での貢献など知れてはいるけれど。20数人の働きでも知れている。そんな作業が、きっとあと何年も必要だ。だけれども、状況は少しずつ良くなっているはずだ。

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ボランティアの参加者だが、年齢は大学生から60代まで、職業は葬儀屋さんからパイロットまでとバラエティに富んでいた。女性は3割ほど。ちなみに宿泊先はホテルで、男性陣の寝床は大広間(女性は別室)。同じ作業をしている人達が同部屋で寝起きしているからか、仲間意識が芽生えやすく積極的に友好的になろうとする。しかもタダ働きを買って出て遠方に来る様な人達なので、労働意欲が旺盛だった。かつての勤め先も友好的な方だと感じていたが、こういう気分で仕事が出来たら良いなと思った。また、差し入れの食べ物も多く風呂にも入れたため、その点の環境については東北入りする前の想像よりかなり快適だった。

ホテルに戻った後、自転車を借りて16年ぶり位に松島へ行った。地盤沈下と大潮で海面が近い。俺的東北復興支援として、地酒と地ビールを買った。

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また牛タン料理屋でも食事をしたが、店舗案内を見たら池袋Esolaにも店があったので少し萎えた。
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2011年06月08日

震災ボランティア (1)

6年近く勤めた会社を5月下旬に辞めてから、次の会社に行くまで日数が空いていたこともあったので、大田区在勤在住者対象の震災ボランティアに4日間行ってきました。

場所は宮城県の東松島市で、甚大な被害を被った石巻に程近い大曲という沿岸地域。宿泊先の松島近辺からマイクロバスで45分ほど。

初めて現地に着いた時の正直な感想は、「報道で見た写真と似た光景だ」と、「この後始末は人の手に負えるのか?」だった。目前の田んぼは荒れ果て、くしゃくしゃになった自動車が転がっている。海の方向を見ると、原形を留めない家屋と、陸地に乗り上げた船が目に入る。震災後に比べたらこれでも片付いたらしい。

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同位置で震災前と震災後。

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主な作業は民家に流れ込んで堆積したヘドロの撤去。5〜6人のグループで、スコップで掘り起こし、土のう袋に積めて一輪トロッコで表通りに運び出す。気温が上がるとヘドロ臭が鼻を突く。午前2時間半、午後2時間という作業時間は、仕事の業務時間と比べると短い印象を持ったが、慣れない肉体労働を初めて行う立場からするとこの位で丁度良い。

作業時の格好は迷彩柄のヤッケに、防塵マスクと場所によりゴーグル。近所のオリンピックに作業服を買いに行ったところ、柄無しが売り切れだったため仕方なく購入して来ていたのだが、作業場に本物の自衛隊が来ていて気恥ずかしかった。さながら陸自のコスプレ。同じボランティアのおじさんに「お前あっちに整列しなくて良いのか?」とからかわれた。ちなみに警察隊も来ていて、自衛隊同様日本全国から来ていた。自衛隊は瓦礫やヘドロ撤去も行っていたが、警察隊と同じ様に時々隊列を組んで田んぼに入り杖のようなもので探りながら歩いていた。訊くと行方不明者の捜索作業だそうだ。

2日目に訪れた農家のお宅では、50〜60代とおぼしきお母さんが、我々のためにわざわざ飲み物を用意し明るい笑顔で出迎えてくれた。ボランティアの一員の方が何気なく声を掛けると、それまで作業の様子を黙って見ていただけのお母さんが被災時の状況を話し始めた。

ご主人が自宅で高さ2.5m程の津波に遭い亡くなったが、同じ家に住んでいた寝たきりのお祖母さんは、寝ていたエアベッドが浮かび上がり助かったらしい。また、通常この地域には津波が来ない筈だったが、海側に打ち上げられた大きな船体により水の流れが変わったとの事。何が人の生死を分かつのか知る由もない。また津波に襲われてどこかにしがみつく時は、両手だけでなく両足で掴まると良いらしい。そのしがみつき方をした人々は、子供でも老人でも多く助かったらしい。

震災前までネギを育てていたが、毎年植えなおす必要がある農作物は女手に余るとの事で、茄子を鉢植えで育てていた。こんな惨事に遭った中で「頑張らないと」と言っていたが、いつ終わるとも知れぬ苦境の中、何かしらに希望を持ち身体を動かしていないと、とてもじゃないが気持ちが持たないのだろう。

大人5人で2時間掛けて数10袋のヘドロを描き出し、帰り際にお母さんに勿体無いほどお礼を告げられた。しかし裏庭すらまだ片付かない。しかもまだ手付かずの家が東北には数千数万と残っているはず。市民センターの側溝に詰まったヘドロを描き出している時、その現状を同じボランティアグループのメンバーが「賽の河原だ」と評していたが、的を射ていると感じた。
posted by つかみ男 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日俺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

2011年MLBシーズン開幕

フランスが日本にまで来て自国の原発保護に必死になっている間にああもうこんな季節ですよ。MLBが始まってしまうのですよ。

ダスティン・モズリーがローテーションに入っているチームの行方を占うのは何とも景気の悪い話ですが、あの苦労人ティム・ストーファーが開幕投手を務めることは嬉しいです。2004年にレイクエルシノアで観たのが最初で最後だったかな。2003年のドラフト全体4位指名で、当時周りの1A+の選手と比べて、明らかに身体がプロのピッチャーとして出来上がっていたのに、故障続きでローテーション入りまでここまで時間が掛かってしまいました。ただ、昨年中継ぎで活躍しチャンスをものにし、先発ローテーションすら保証されていなかったのに、今回の大役を得るまでの復活+成長ぶりは見事。

他の投手陣に関しては、大ブレイクは期待できそうにないけれど、お手ごろ価格で手堅い補強をしているなという印象です。

エイドリアン・ゴンザレスに代わってオーランド・ハドソンが3番に入っているチームの打撃陣について語るのも気が乗りませんが、ラドウィック、ホープ、バートレット全員が復活しても得点力不足は否めないですね。ベナブル、メイビンが成長してくれたとしても得点源にはなりそうもないですし。OBPが.350を超えそうな選手が誰一人居ないです。ブランクスの回復に一縷の望みを託すか。

NL西地区で勝ち目があるとすれば、先発陣が獅子奮迅の大活躍をするしかないです。レイトスとストーファーが昨年同様の活躍をし、リチャードの制球が落ち着き、サイモン・カストロがシーズン途中にメジャー昇格し新人王クラスの活躍をすれば、ひょっとしたら85勝に届くかもって感じです。ただ現実的には、ダイヤモンドバックスと4位争いでしょうか。

ともあれまだ0勝0敗。半年間4勝3敗を続ければ地区優勝です。Go Padres!
posted by つかみ男 at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | パドレス−ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

俺が好きな結婚ソングは大塚博堂の「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」

これね。
http://www.youtube.com/watch?v=vpmJWjT7yuU

今日2月5日に、結婚式を挙げて同日入籍いたしました。式場にお越しいただいた皆様、有り難うございました。写真撮影で長い間笑顔を強いられたので、口の中が渇いて仕方なかったです。

なんというか、このblogを書いている人生の間で、まさか自分の結婚の報告をする日が来るとは思っていなかったです。正直結婚してもblogの内容的には全く変化がないとは思いますが、もし数年後手の平を返したように子供の写真と自慢で覆われたblogに様変わりしてケビン・タワーズのケの字も出なくなったとしても、そっとしておいてください。たぶんないと思うけど。
posted by つかみ男 at 22:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日俺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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